伊東鉄五郎とは、1864年に新撰組に入隊し伍長となる。入隊から4年後に鳥羽・伏見の戦いで大きく活躍するも敗戦となる。江戸に帰還後は、甲陽鎮撫隊に参加し山口次郎に従い会津に向かうこととなる。本当かどうかは定かではないが、中島登の「戦友姿絵」に書かれている記録書内容によると会津についてから司令官に昇格するも約4ヶ月後に白川口の攻城戦の激しい戦闘にて享年29歳で戦死したとされている。しかし、永倉新八の記録によると淀堤にて戦死したとされているので矛盾が生じている。東京にある西念寺に、伊東鉄五郎の墓があるのだがそこには大正12年に没とされていることから彼の死後は謎が謎を呼ぶ死後の記録がまったく定まっていない人物である。また、同姓同名の別人の可能性もあるので新しい記録書が出てこない限り真相はわからないと言える。そのような形は、歴史関係には多く存在していて伊東鉄五郎だけ特別に記録がないといった話ではない。

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