「近藤芳助」とは、新撰組の伍長として活躍し後に「川村三郎」と名乗るようになる。10歳で母を失うも22歳に新撰組に入隊することとなる。有名な「鳥羽伏見の戦い」で「近藤芳助」は負傷するものの、「会津戦争」で復帰する。その間に、「甲州勝沼の戦い」にて従軍として参戦していたこともわかっている。ほとんどの戦いには参加していたものの、「母成峠の戦い」にて新撰組の本隊とはぐれてしまう。しかし、途中で「永倉新八」と再会し共に「米沢」に向かうこととなった。土方歳三らが蝦夷地渡航を耳に挟んだことで即、蝦夷地に向かうも途中で新政府軍に捕まってしまい江戸に送還されてしまう。その際に、新政府軍には「新撰組」とは明かさずに、ただの「幕臣」であると偽り1870年に釈放されている。大正11年に他界することとなるが、それまで生き残った新撰組らと交流は続いていたと言われている。亡くなった歳は、丁度80歳であったとされ当時としてはかなりの長寿であったとされる。

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